資料源:詹家龍(台湾蝴蝶保育学会研究員)
台湾南部のルカイ族とパイワン族が聖山と崇める大武山の麓の谷。ここには毎年冬になると、少なくとも百万匹を越えるルリマダラがムラサキ色の羽を羽ばたかせながら飛来し、防風地形になっている温かい谷には最高で百万匹にも達するルリマダラの越冬集団「紫蝶幽谷」が形成されます。こうした越冬型の蝶の谷はメキシコと台湾南部、世界に二ヶ所しかありません。「紫蝶幽谷」はパイワン族とルカイ族が居住する高雄市、屏東および台東県の中低海抜の山中にだけに存在する景観で、現在、確認されている蝶の谷は30箇所あります。その中で最も密集しているのが高雄市茂林地区で、少なくとも七つの紫蝶幽谷が存在します。
「紫蝶幽谷」とは地名ではなくて、ルリマダラが集団越冬する生物現象を示しています。毎年冬に紫蝶幽谷を形成する主なルリマダラの種類は四つあり、ホリシャルリマダラ、ツマムラサキマダラ、マルバネルリマダラ、小ルリマダラです。さらに羽に水色の模様がある六種類のアサギマダラやスジグロカバマダラもわずかながら見られます。恒春半島ではオオゴマダラも見ることができます。
ルリマダラの羽は光の角度によって色が変わるので、日本の蝶マニアの間では「幻の光」と言われています。雄のルリマダラは羽の上に香りを発する鱗粉があるほか、腹部末端に特殊な匂いを発する黄色いブラシがあり、雄はこれによって雌を惹きつけると言われています。ルリマダラの幼虫および成虫は毒のある植物の葉を摂取し、体内に毒素を貯めており、身体が目立つ色をしているのは捕獲しようとするものに対して体内に毒素をためていると警告を発しているのです。ルリマダラの寿命は約五年で、幼虫は2日間の絶食期間を経て脱皮し、光沢のある蛹へと成長します。初期の研究段階でルリマダラは一生の間に百の卵を産むと言うことが明らかになりましたが、幼虫の死亡率は約50%で、中でもホリシャルリマダラの幼虫死亡率は100%に近いとも言われ、その存在を貴重なものとしています。